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特別展覧会「japan 蒔絵 〜宮殿を飾る 東洋の燦めき〜」
日本で生まれ西洋を魅了した繊細華麗な黄金の美“蒔絵”の精華が一堂に

漆黒の塗りに映える絢爛豪華な金銀の絵文様。東洋から西欧にもたらされた漆器、なかでも贅を極めた日本の蒔絵は、富と権力の象徴として、王侯貴族の宮殿や邸宅を飾った。かつて英語圏で蒔絵がジャパンと呼ばれた由縁だ。
蒔絵は漆器の装飾技法の一つで、漆面に漆筆で文様や絵柄を描き、乾かないうちに金や銀の粉末を定着させる。金属粉を蒔くことから蒔絵の名がある。
今秋、京都国立博物館で開催される特別展「japan蒔絵」は、近世初期の輸出漆器の誕生以降、近代までの西欧における蒔絵コレクションの展開を体系的に紹介。海外からみた蒔絵の魅力と歴史を紐解くユニークなもの。海外の美術館や王室等の所蔵する輸出漆器の優品に、国宝・重文級の逸品を加えた約280件が出展される。
「日本の蒔絵が海外に知られるのはヨーロッパ人が渡来した近世初期ですが、鎖国時代にも主にオランダ商館を通じて多くの漆器が西欧に渡りました」と語るのは、同館主任研究員・永島明子さん。
金や銀など高価な素材と複雑な工程を要する蒔絵は、古代から中世には朝廷や貴族、寺社など特権階級の専有で、用途も奉納品や祭礼具、文房具や調度等に限られた。
やがて信長や秀吉が乱世に幕を引くと、有力武将たちは競って金碧障壁画や蒔絵で室内を飾り、日用食器から建材まで蒔絵の需要は大きく広がる。シンプルな黒漆と金の絵文様の対比が美しいこの時代の蒔絵は、秀吉ゆかりの高台寺にちなみ〝高台寺蒔絵〟と呼ばれた。

「蒔絵に魅せられた宣教師や外国の商人たちは、蒔絵を施した祭礼具や西洋家具などを注文します。これらが〝南蛮漆器〟で、蒔絵に貝細工の螺鈿をあわせ、隙間なく文様を描いているのが特徴です」。
江戸幕府の鎖国令以降、輸出漆器貿易の主な担い手がオランダ人になると、蒔絵の注文にも〝オランダ好み〟が反映され、黒漆の余白を活かした絵画的な構図、レリーフ状に漆を盛り上げた高蒔絵が多用された。これらを〝紅毛漆器〟と呼ぶ。日本から輸入した蒔絵に西欧の家具職人が脚や把手を付けたり、分解して家具の部材に用いることも盛んとなり、17世紀末〜18世紀にシノワズリ(東洋趣味)が流行するとワニス(透明樹脂)の技法で蒔絵を模造した〝ジャパニング〟作品も登場する。
興味深いのが、フランス王妃マリー・アントワネットの蒔絵コレクション。本展にもヴェルサイユ宮殿美術館やギメ美術館から約40点の小品が出展されるが、その多くは日本国内での市販品だという。「香道具のような高級な蒔絵の小品は、幕末以降の輸出品というのが従来の常識でした。それがアントワネット王妃など海外の蒔絵コレクションから、江戸中期にはすでに京都などの市中で取引されていたことが明らかになりました」。
鎖国下にも連綿と絶えることのなかった輸出漆器の存在により、西欧の王侯貴族たちの間に育まれた〝蒔絵文化〟。それらは一種の憧れとともに新興ブルジョワジーへと受け継がれ、19世紀以降、西欧諸国で開催された万国博覧会を機に、蒔絵ブームとして花ひらく。
この秋は、蒔絵のふるさと・京都で、海を渡った〝蒔絵〟の知られざる歴史をたどってみよう。
問い合わせ/京都国立博物館
交通:地下鉄御堂筋線淀屋橋駅より京阪電車乗り換え七条駅下車徒歩約7分
電話番号:075-525-2473(テレホンサービス)
詳細WEBサイトはこちらから








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