のれん探訪
「北むら」
大阪「NOREN」百年会 会員企業
〝文明開化〟の味を伝え続けて130年
買物客で賑わう大丸心斎橋店の南から、堺筋方面へ歩くと、ほどなく右手に灯籠の灯りと和風の店構えが見えてくる。小豆色の暖簾には「精仁久寿喜弥奇」の文字。明治14(1881)年創業の老舗すき焼専門店「北むら」だ。ちなみに「精仁久」は精肉(厳選した食用肉)、「寿喜弥奇」はすき焼のこと。
すき焼の起源には諸説があるが、すでに江戸時代に農業用の鋤に鳥肉や鯨肉などをのせて直火で焼く料理があり、「鋤焼」と呼ばれていた。また魚介や野菜を杉箱に入れて味噌煮にする「杉焼」があったという。これらが後の牛肉を使ったすき焼のもととなる。
牛肉を食べる習慣は、幕末以降、横浜や神戸など居留地の外国人から庶民に広まったもので、仮名垣魯文の『安愚楽鍋』には「士農工商老若男女、賢愚貧富おしなべて、牛鍋食わねば開化不進奴と…」と、牛鍋の大流行ぶりが描かれている。冊子の発行は明治4(1871)年なので、ざんぎり頭や洋装などとともに、文明開化のシンボルとして、瞬く間に広まったようだ。当初の牛鍋は、猪肉のぼたん鍋のように味噌仕立てで野菜と煮込んだり炒り煮にしていた。
関東のすき焼は明治初年に流行したこの牛鍋がベースで、だし汁に醤油や砂糖、みりん、酒などを加えた割下で牛肉を煮る。一方、関西ではあらかじめ焼いた肉を砂糖、醤油、酒などで味付け、溶き卵で食べる。前者は「杉焼」、後者は「鋤焼」の流れを連想させる。
明治の開店当初から大阪屈指の繁華街・心斎橋に店を構える「北むら」のすき焼は、創業以来、今日まで割下を使わない純関西風だ。牛肉などの食材はあえて産地を限らず、同店の厳しい基準をクリアしたものを使用。窯元への直接注文で食器類のコスト管理を図る一方、すき鍋は高品質の南部鉄にこだわるなど、実用本位の工夫がいかにも大阪らしい。
すき焼以外の献立は、和牛フィレ肉と野菜の鉄板焼をたっぷりの大根おろしと醤油で食べる「バタ焼」、しゃぶしゃぶより少し厚めの和牛ロース肉をあっさりポン酢でいただく「水だき」のみ。メニューを絞って仕入れのロスを減らし、少しでもリーズナブルな価格を心がけている。店で出しているロースやフィレ肉、精肉佃煮などをお土産に求める人が多いのも、受け継がれてきた暖簾の信用の証か。
文明開化以来、連綿と育み守り続けてられてきた地元関西のすき焼の味。老舗の気概を一度味わってみたい。
本店/大阪市中央区東心斎橋1-16-27
電話番号:06-6245-4129
上:北むら名代のすき焼/割下を使わない昔ながらの関西風すき焼
下:店舗の正面玄関/暖簾の文字は書家の津金寉仙筆。








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