のれん探訪
「樋屋製薬株式会社」
大阪「NOREN」百年会 会員企業
創業380余年〝漢方小児薬〟の先駆け
「ヒヤ、ヒヤ、ヒヤの、ひや・きおーがん」のCMソングですっかりおなじみの家庭用小児薬・樋屋奇應丸。
あまり知られていないが、この樋屋奇應丸、実は樋屋は屋号で薬名は奇應丸なのだ。ジャコウ(麝香)、ニンジン(朝鮮人参)、ユウタン(熊胆)、ジンコウ(沈香)など4種の漢方
生薬を主成分とする奇應丸のルーツは、一説には奈良時代の天平年間に鑑真和上がもたらした「奇効丸」ともいわれ、伝来当初は上流階級の貴重薬だった。
江戸時代には大和や近江、越中など各地の薬種産地で調剤され、良薬として世に知られていたようで、江戸中期、
宝暦年間の『雙桂集』に、室町期の話として次のような記述がある。いわく、東大寺の太鼓の胴裏から奇効丸を基にした薬の処方が発見され、様々な病気に奇効(優れた効果)、妙応(期待たがわぬ結果)を示したため「奇應丸」と名づけられた──。
元和8(1622)年、創業を目指し大坂天満に出てきた摂津国山本村の坂上忠兵衛が、思案の末にこの奇應丸に着目。自ら調剤して広く販売を始めた。当時は豊臣家が滅亡した大坂冬・夏の陣から十年足らず。世相も庶民の健康状態も良好とは言いがたく、奇効・妙応で名高い家庭薬に目を付けたのは慧眼といえる。
奇應丸の名声と天満天神参道沿いの好立地もあって家業はたちまち繁昌。店の屋根に当時珍しかった銅製の樋を取り付けていたことから、「樋屋の奇應丸」と評判になり、後には正式に樋屋を屋号とした。 いわば後発メーカー、ブランドだった樋屋奇應丸が奇應丸の代名詞となった要因には、全国一の物流基地、大消費地である大阪に製造販売の拠点を構えたことが挙げられる。それにも増して、副作用や刺激の少ない漢方生薬の特性を活かし小児用に調剤・商品特化して宣伝したこと、常に最良の原材料を確保し品質管理に努めてきたことが大きい。
創業以来380余年、小児薬と漢方にこだわり続けてきた樋屋製薬。ハローキティの「せきどめチュアブル」、体質タイプに合わせた樋屋奇應丸「金粒」「EX」のラインナップなど、その視線は常に変わることなく親の安心と子どもたちの健康に向けられている。
住所:本店/大阪市北区天満1-4-11
電話番号:06-6351-3031
上:パッケージの変遷/創業時からの主商品「樋屋奇應丸」の外装
下:本社前特売の様子/昭和5〜6年頃。トラック荷台側面に「小児良薬 樋屋奇應丸」の垂れ幕が掛かる。「本登録商標樋」の梅紋は、大阪天満宮の許しを得て明治30年から社章となる








Osaka Cityweb はケータイからもご覧になれます。










