のれん探訪
「西川リビング株式会社」
大阪「NOREN」百年会 会員企業
心地よい〝眠り〟から 快適な〝暮らし〟へ
西川リビング株式会社が、従来の「株式会社大阪西川」より社名を改めたのは、平成16(2004)年のこと。
「西川」の歴史は、近江国蒲生郡の人・西川仁右衛門が商いを始めた永禄9(1566)年に遡り、以来、実に440余年を数える老舗中の老舗だ。のちの天正15(1587)年には、羽柴秀次が治める近江商人発祥の地・近江八幡に店を構えた。
「西川」といえば、布団や寝具のイメージが強いが、創業当時の主力商品は蚊帳や畳表。なかでも二代目甚五郎が考案した、萌黄地に紅の縁をあしらった蚊帳は「近江蚊帳」と呼ばれて大評判となり、京や大坂、江戸など全国に販路を拡げた。
江戸時代を通じて「蚊帳の西川」の名は諸国に聞こえたが、九代目甚五郎などは幕府御用弓師として帯刀を許され、江戸・関東での京弓の販売権を一手に握っていた。とはいえ弓を専門に扱ったのは産地の京と江戸の店くらいで、以外の店ではやはり蚊帳や畳表が中心。明治初期の店舗写真の看板にも、畳表や蚊帳、花筵、麻布などの文字が見える。
「西川」が布団の製造販売に着手したのは意外と新しく、明治20(1887)年頃のこと。年中需要が見込めるだけに、蚊帳より後なのは不思議なようだが、当時の布団は買うものではなく自家製が普通。布団を売るという発想自体が珍しかった。
大正12(1923)年9月の関東大震災では、東京の店舗が大被害を受けたが、商品を即座に京都・大阪の店舗から船便で送り込み、文字通り不眠不休で再建。西川の布団は着荷と同時に飛ぶように売れたという。
「西川」の大阪支店が法人化し、「大阪西川」となったのは昭和16年のこと。戦後に合成繊維が流通するようになると、「西川」では合繊綿を使用した洋布団の商品化に成功。〝寝具革命〟といわれた一大ブームをまき起こす。70年代にはいち早く寝具のデザイン性に着目し、有名デザイナーやキャラクターと提携、オリジナルブランドの開発にも取り組んだ。「大阪西川」の提唱した〝健康で快適な心地よい眠り〟は、さまざまな健康機能寝具にも実を結んでいる。
平成16年に誕生した新生「西川リビング」のモットーは、〝心地よい眠り〟から一歩進んで、健やかな一日の生活リズムを提供する〝トータルリラクセーション〟。健康で快適なライフスタイルの創造を目指して、老舗の取り組みは続く。
本店/大阪市中央区本町1-3-15
電話番号:06-6262-9100
上:明治時代の支店
看板には「畳表 蚊帳 花蓙 麻布」とある。ふとんの製造販売は明治20(1887)年前後から始まり、明治末にはモスリンの小売りなど取扱商品の多角化も進んだ
下:快眠ソリューション
長年培ってきた眠りに関するノウハウをベースにトータルリラクセーションを提案するショールーム








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